こんにちは。
今日はいただいたご質問に
お答えしようと思います。
なぜセラピーなのか
こんなご質問をいただきました。
「ブレイクスルー呼吸®セラピー」は
なぜセラピーなのですか。
相談(?)したり
呼吸を変えると
できなかったことが
できるようになるのでしょうか。
表現力を極めるのなら、
ある程度トレーニングをしないと
身につかないのではないでしょうか。
はい、おっしゃること
よーくわかります。
「●●できるようになりたい」
と思って、毎日研鑽を積み、
ありとあらゆる方向から
勉強を重ねてきているのに
それでもうまくいかないことがある。
それなのに
ただ、呼吸を変えれば
それが解決するのか?
そんな簡単なことで
うまくいくなら
苦労はないんだけどなー。
そう思いますよね。
ええ。
それでは一つずつ
説明できる範囲内で
お話ししていこうと思います。
これ、たぶん、
逆の順番でやっていった方がいいと
思いますので、
まずはここから。
トレーニングではない理由
そもそも
表現とはなにかを
考えてみましょうか。
自分の心や身体に湧いてくる動き、
感情とか、思考とか、衝動とか
そういう「うごめくもの」を
自分の外に手放し、形にすることですよね。
手放すためには
形にするためには
それだけのエネルギーがいります。
表現するためには
自分の中のなにものかが
うごめいていないとならない、と
いうことになります。
なにかを感じ、なにかを思い、
なにかに突き動かされて
初めて、
表現が生まれます。
つまり
表現が生まれるには
自分の心や身体が
いつも自由にうごめくことができる
状態になっていなくてはなりません。
【表現と表現力】
数日前の「小さなヒント」で
投げかけていますが
表現と表現力は何が違うと
思われますか。
表現力だからー、
その表現を
いかに忠実に、余すことなく
そのまま出せるかってことですよね。
自分が思ってもないこと、
感じてもないことを
誰かの真似をしたりとか
ウケのいい方法を探したりとか
そういうことで「うまくやる」ことが
表現力ではないわけです。
例えで言うと
自分の中のうごめくものが
デラウェアのぶどうなのに
シャインマスカットや巨峰に仕立て上げるのが
表現力ではないのです。
・・・・ってごめんなさい、
デラウェアもシャインマスカットも巨峰も
みんな好きなんです、もののたとえね。
トレーニングが必要、って
思ってしまう方のほとんどは
ご自分で無意識のうちに
このブドウのすり替えをしてる方が
多いのです。
自分の中のうごめいているものを
忠実に、余すところなく、
そのまま外に出したいのに
それができないから、
できるようになるために
トレーニングしたい。
そう、おっしゃる方のお話を
よーく聞いていると
そういう
「できることならシャインマスカットに」と
考えてしまう思考の香りがすることが
よくあります。
それが悪いわけではないのです。
けれど、
その方向で「トレーニング」しても、
結局はうまくいかないのです。
次に続く。
小さなヒント
上昇志向を持つことと
自分の目標に向かって進むこと
何が違いますか。

