こんにちは。
夏休みは
楽器を習う子供たちにとって
コンクールや講習などの
イヴェントが目白押し。
今回のお話の主人公も
ヴァイオリンのコンクールを目指す
小2の女の子です。
個性がない?
3年ほど前から
レッスンに来てくださっている
女優、Aさん。
いろいろな媒体で
ご活躍なさっておられますが
ある日、ヴァイオリンを
習っているお嬢さんのことで
ご相談がありました。
お嬢さんは
小さいころから練習熱心で
負けず嫌いの頑張り屋さん、
コンクールを目指していて
直前レッスンと言うことで
「偉い先生」のレッスンを
受けに行ったんだとか。
いろいろなコンクールの審査員も務める、
名の知れた先生なんだそうです。
曲を弾き終わったお嬢さんに
その先生は
「まあまあ弾けてるけど、個性が出てないね」
と一言おっしゃったんだそう。
個性?
個性って何?
Aさんもお嬢さんも
わかるような、
わからないような、
悔しいような、
複雑な気持ちになったとのことでした。
「美佳さん、個性ってどうすれば出せますか」
女優として存在感大のはずのAさんが
困りきって聞いてこられました。
私は内心、
子供のコンクールで
「個性出して」弾いたら絶対に上位入賞なんて無理、
「ちゃんと」弾かないと落とすくせに、
なんだその先生は!!!
・・・とムッとしました。
コンクールにもいろいろな種類があって
何を目的としたものかによって
勝ち抜く手段が変わってきます。
それはある意味、
個性などの問題より
もっと戦略的な手法が必要なはずです。
それすらも指摘してくださらない
「偉い先生」って
なにものなんでしょうねえ。。
さて、ここをお読みの皆さま。
「個性ってどうすれば出せますか」
と聞かれたら、なんとお答えになりますか。
テクニックは自分の内側を表わすため
日本で「個性」というと
「普通ではない」方向に
考えられることが多いです。
人と同じことをやったらダメ、
個性を出さないと。
などと言われます。
でも、他の人と違うことをやる、のが
個性ではありません。
そもそも、
個性は出すものではなく、
おのずから、あるものですよね。
以前もお話しましたが
Doではなくて、Beが大切なんです。
個性をDoで捉えてしまうと
自分以外のものを
基準、比較対象にしなければ
なりません。
それは莫大な数に上りますから
絶えず、周りをチェックしていないと
自分の立ち位置を決められなくなります。
Doできなくなってしまうのです。
Aさんのお嬢さんは
年齢的にも、
まだまだBeの確立ができていません。
でもDoはできるんです、
先生が導いてくださって
その通りに練習すれば。
ここが小さい子供の
コンクールの難しさもあるんですが
むしろ、それならば「個性」なんて
偉そうな言葉を使わず、
「こう弾きなさい」と言えば
ある面は解決できるとも言えるのです。
もちろん、これは音楽との
美しい向き合い方ではありません。
日ごろのレッスンでは
Doと同じぐらい、Beについて
先生が丁寧にご指導くださっているはず。
だからこそ、
精神性が高い演奏が
できるのだと思うのです。
Beを追求し、
Beについて深く考え
内観することが
音楽に触れるということ。
それは子供も大人も、
プロもアマチュアも一緒です。
ただ、弾ければいいってもんじゃない
動ければいいってもんじゃない、
声が出ればいいってもんじゃない、
スキルは内観したものを
表わす能力であって
ただのテクニックの
ひけらかしではないのです。
私に近づく
さて。
ご自分のBeについて
表現者として、
表現者を目指す者として
どのようにアプローチしていますか。
より良いパフォーマンスのために
どのようにご自分の本質、
Beに近づいているでしょうか。
このBeへのアプローチは
自己啓発とか
精神論とか
そのような類のものではなく
むしろ、スキルと隣り合わせです。
この作業があるからこそ
思うように表現できる、
そういう大切なものなのです。
内なる私を感じる
そのような時間が
表現には欠かせないこと
気づいていただけたらと思います。
小さなヒント
目立つことは好きですか。
それとも
なるべく人の目から離れたいですか。
ご自身の表現活動は
できるだけ人に見て(聴いて)もらいたいですか。
それとも
ひっそりと一人だけで楽しみたいですか。

