こんにちは。
ちょいと間が空いてしまいましたが
声量が欲しいと
呼吸法を学んだけれど
うまくいかない方のご相談、
続けます。
呼吸法、バズってます
こんな言い方するのは
どうかなとも思うのですが
呼吸、流行ってるんです。
なんちゃら呼吸法、
はびこっております。
呼吸でいろんな悩みが
解決するってことに
なっております。
呼吸で痩せる
呼吸で姿勢が良くなる
呼吸で便秘が治る
呼吸で健康になる
呼吸で若返る
呼吸で肌がきれいになる
呼吸で頭の回転が良くなる
呼吸で免疫があがる
呼吸で痛みが消える
呼吸で血圧が正常になる
呼吸でストレスがなくなる
呼吸で新陳代謝が良くなる
呼吸で眠れるようになる
呼吸でリラックスする
呼吸で心が安定する
呼吸で・・・・
はい、思いつくままに
書いてみましたが
たぶん、もっともっと
あるんだと思います。
それぞれに
いろんな理論があると
思いますが、
少なくとも
表現に関することには
あまり関係ないように
思っています。
でも、もし、ここをお読みの方で
これらの呼吸法の
ご専門の方がいらして
「いや、痩せるための呼吸は
表現のための呼吸だよ」
という場合は
お教えいただけるなら
うれしいです。
力を使わないことで生まれるもの
大きな声が欲しい、と
いろいろな呼吸を学んでいらした
その方に
「どんなことを教わりましたか」
とお聞きしたら
・腹式呼吸で
・息がなくなっても横隔膜を上げない
・強い一定の力で息を吐く
の三点が中心だったと
教えてくださいました。
そうだろうなあ、と
思いました。
そして、
そのような力に頼る方法を
できる人と、できない人がいること、
そして、できないことが
まずいことではなく、
むしろ、できないことが
ナチュラルで美しい表現を
呼び寄せるのだということを
ゆっくりとボディーワークをしながら
説明することにしました。
深いところに触れる呼吸
声に限らず
演奏でも演技でも
描くことも作ることも
創造することが
力によってなされると
私たちは心の底で
無意識に思っていることが
多いのです。
力は表現の要素の一つですが
力が表現を牛耳るものではありません。
力を使うことが
すべてのバランスを崩すことに
つながる危険性は
とても大きいのです。
以前、
ff(フォルティッシモ)よりも
pp(ピアニッシモ)の方が
大きな表現だとお話しました。
あまりにも大きな喜び
あまりにも大きな悲しみを
表現するときは
身体が動かない、ppになるのです。
大きな力の上に
凝縮された繊細なものが存在する、
そのことをわかるための
呼吸でなくては
表現のための呼吸には
ならないのです。
たくさん吸って
たくさん吐く、
深呼吸する、
何秒吸って、何秒吐く、
そういうことではない
もっともっと深いところに
触れるような呼吸ワークでなくては
表現にはつながらないのです。
声が大きくなる、ならない、
その前に
あなたは何を表現したいのか、
そこに戻らないとならないのです。
これは何回も言うように
声だけの話ではなく
すべての表現者の方に
共通することだと思っています。
つづく。
小さなヒント
●秒吸って、▲秒吐く、と
言われたとき、
もし、0,5秒ぐらい
ずれちゃったら、
何が起こると思いますか。

