こんにちは。
見た目の美しさを追求することと
表現についてのかかわりを
考えていきたいと思います。
勇気をもらう?
オリンピックやワールドカップなど
大きな試合でなくても
「感動的な瞬間」って
ありますよね。
華麗なボールさばきに鳥肌立った、とか、
スケートの演技見てたら涙出た、とか、
パフォーマンスに
心を動かされることって
たくさんあります。
そういうときって
いったい、
何に心が動かされているのだと
思いますか。
上手だから、だけではなくて
いろいろな要素が
本当に稀な、美しいタイミングで
調和した時に生まれるような
アタマで計算したのではない
人間が導いたのではない、
一種の「神がかり」的な瞬間が
私たちの感動を呼ぶのだと思うのです。
それは表現者にとっても
同じことですよね。
その時に
私たちの心はとても強く動いて
交感神経が興奮するとともに
すぐさまリラックスの方に向かうので
身体が震え、心が震えます。
まさに「奮い立たせられる」わけです。
そのために
同じような興奮状態、つまり
「がんばろう」と追い込むことを
想起するので
「勇気をもらえた」と感じる人が
多いのですが、
冷静に考えてみると
なぜ演技で勇気??となるのは
よく経験されることだと思います。
表現者としてマイナスなこと
これと同じメカニズムで
「頑張っている人」を見ることは
自分を奮い立たせ、
気持ちよくなります。
自分に喝が入れられた感じがします。
反対に、だらーっとしている様は
「ちゃんとしてない」
「いい加減」
とネガティヴに捉えられます。
しかし、
舞台の上、パフォーマンスの場では
話が違うことに
気づいていないケースがあります。
プロの表現者の場合、
舞台の上で
「頑張っているように見える」ことは
大きなマイナスであるのに、
なぜか「きちんと」する方向に
足を片方突っ込んだ状態のマインドの方、
とても多いのです。
先ほどお話した、
オリンピックなどで
素晴らしい試合を行った選手は
その場で「頑張って」いたわけでは
ありません。
もちろん、普段の練習では
言葉にならないぐらい頑張ってるのですが
本番では、試合では、
頑張っているわけでも
きちんとしようとしてるわけでも
ありません。
舞台の上で
自分を美しく見せよう、とか、
ちゃんとしていたい、とか、
なんとかやってやろう、とか、
そのようにご自分を「頑張る」方向に
持っていくと、
お腹を引き上げるので
骨盤隔膜が動かなくなり
そうすると
横隔膜も動かなくなるので
胸郭を強く動かして
呼吸をすることになります。
身体にとって、緊急事態です。
それによって
肩や首の動きが制限されますから
演技や演奏を
ダイレクトに阻害します。
いくら、あがらない方法やら
なんちゃら呼吸やらを学んでも
こういう「現場」で
うまくいかないのは
このためです。
ご自分でご自分の呼吸を
ブロックしているのです。
自分に自信がない時
そしてこれは
無意識の部分なのですが
自分に自信がなかったり
自分に欠落意識があると
普通の方は
自信がないと
もじもじしたり
下を向いたりして
身体を小さくするのですが
プロの表現者は
それを見せまい、として
身体の動きが
無駄に大きくなります。
身体をねじってみたり
腕の動きを大きくしたり
余計なことをやるのです。
この「余計なこと」は
身体に大きな負担をかけるだけでなく
表現の調和を乱すので
さらに呼吸を
コントロールできなくなります。
つづく。
小さなヒント
舞台を見ていて、聴いていて
なんだか痛々しい、
と思うのは、どんな時ですか。

