『持って生まれたもの③』

こんにちは。

持って生まれたものについてのお話を

続けていきます。

目次

無意識にできてしまう怖さ

生まれながらにして

苦労もなくできてしまうことは

精神(思考など)の面と

肉体面の両方に根差していますが

厄介なのは

実は、傍からわかりやすい

肉体面ではないかと

私は思っています。

●●が▼▼、

という身体的な特徴が

短絡的に「有利」」と

捉えられがちなのは

仕方がないことなのですが

一番困るのは

それを「才能」と勘違いすること、

そしてなにより

「何も考えないでできてしまうこと」

の危うさと浅さにあります。

スキルを身に着けるとき、

私たちは思考と肉体の結びつきを

どのように果たすか、というところに

全神経を集中させます。

そのやり方は

「コツ」などという言葉に

代表されるようないくつかの理論を

学んだり、何回ものトライ&エラーを得て

ようやく身に着けるものです。

そして完全にその道が自分の中で

明らかになると

そこには「意識」する必要がなく

身体がリードして思考が入らない

「無意識の境地」になるのです。

これは、

あくまでもそのような「闘い」を経て

その境地に達するわけで

それなしに最初から「意識しないでできる」

こととは意味が違うのです。

無意識にできてしまうことは

身体と思考のバランスが

何かのタイミングで崩れた時、

できなくなります。

今まで何の気なしにできていたのに

あれ?なにかがおかしい、と

そこで初めて気づくことになります。

プロセスがわかっていれば

そこをさかのぼって修正できますが

いきなり完成品しか見ていないと

戻れないのです。

このような場合のスランプは

とても深く長く、

その本人を傷つけることになります。

「天才」と呼ばれた方たちが

ある時期を境に

消えていってしまうのも

おそらくこういうところに

小さなほころびがあるのでしょう。

無意識にできてしまうことの

恐ろしさは

それがいつまでも続くと

保証されないところにあるのです。

私の持って生まれたもの

精神面での

「持って生まれたもの」は

肉体的なものとは違って

少しひねくれて受け取られることが

あるように思います。

「私、大勢の前だと

やる気満々になって

練習ではできなかったことも、

本番で簡単にできちゃう」

本番に弱い、なんとかしたい、と

思っている人からすると

そういう発言を耳にすると

はあああ?と苛立つでしょうし

どうしたらそうやって

「図々しく」なれるんだろうか、

とぐるぐる考えたりします。

自分にないものを

羨む気持ちは誰にでもあって

いろんな人のいいところを

自分の中に寄せ集めて

「勝手に」落ち込んでいる方も

いらっしゃいます。

このような方たちに共通しているのは

「自分が何を生まれ持ってきたか」を

客観的に捉えられない、ということです。

つまり、自分に欠けているものを

見つけるのは上手なんですが

自分が持っているものを言語化できない、

ということなのです。

なんとなく、私ってこうかも、とか、

そういえば昔に●●ってほめられたな、

などの、曖昧な記憶のみだったりします。

持って生まれたものが

言語化できないということは

ご自分の強みがわからないことに

なりますから

自然と他人の強みに

吸い寄せられて

自己のパフォーマンスが

できなくなります。

ここが一番の問題だと

私は思っています。

つづく。

 小さなヒント
(解説は公式LINEにて)

人から褒められた時

「やっぱりそう?私もそう思ってたんだけどね」

と思うこと、ありますか。

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6・他人からの根拠のない評価、詮索や攻撃に左右されなくなります。

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