こんにちは。
今回は「個性」について
思っていることを
お話しします。
身体ファースト
私たちはなにかを学ぼう、習得しようとするときに、
まずはHowにフォーカスします。
どうやって、の部分ですよね。
やり方です。
いきなり見様見真似でやっても
どこかで行き詰る、
だったら、
最初から「きちんと」「ちゃんと」した指導を
受けて基本を「きっちり」学ぶ、というのが
セオリーになっています。
その際にはただただ、
やり方を教えてもらうだけでなく
なぜそうなるのか、whyの部分も
合わせて学ぶことによって
howの部分を強化するというのが
一般的な道筋なのだろうと思います。
日本の伝統芸能や技は、
ここを少しスキップして
「習うより慣れろ」
「盗んで覚える」
「頭で考えずに手を動かせ」という部分が
多いかもしれません。
または、論理的に
すべてを解き明かして納得してからではないと、
やらせない、手を出させない、
ということもあるでしょう。
奥義、などと言って
「ここから先は●●をクリアした人のみ
教えを授けます」みたいなものもあって
個人的には
ふーん。。。へー。。。。
って思っていますが
ま、そういうのもありますね。
ええ。
ただ、どんな場合においても
身体が動きを覚えなくては
話になりません。
アタマで構造や流れを理解していても
身体が動かないと意味がないわけで
畳の上の水練、になります。
って、さらっと言いましたが
こういう方、すごく多いです。
特にパフォーマンスは
数字で表されるような客観的な物差しが
ないので
知識はあふれるほどあるけど、
お口はとても達者だけど
実際にはなにもできません、のケース、
そこかしこにあります。
ちょっと話がずれますが、
ときどき、まったく根拠のない意見に
傷ついていらっしゃる表現者の方が
いらっしゃるのですが、
「ほんもの」の実体験に基づかない知識は
知識ではないので無視、というスタンスで
いらしたほうがいいように思います。
(偉い人から言われようが
肩書とかは関係ありませんので
誰からの意見を取り入れるかは慎重にどうぞ)
真似ることから始める
はい、余計なことを言いましたが
そういうhowの部分を習うときに
必ず通る道が「真似る」ということです。
すずめのがっこうでは
ありませんが
まずは先生がお手本を見せて
ちいぱっぱ、repeat after me,
ちいぱっぱ、の部分は
絶対に必要だからです。
なぜなら
基礎的な動きや型は、
思考が入り込む、
つまりいろいろ考えながらだと
思考と身体の動きが
つながっていない状態なので
余計に動けなくなるからです。
繰り返し模倣することで、
身体や感覚に定着させることが
できるのです。
もうひとつ大切なのは
枠組み、つまりスタイルがわからないので
(育っていないので)
先生、先達のフォームや流儀を借りることが
安全で効率的なのです。
がむしゃらにああだこうだと
やってみても、
楽しみにはつながるけれど、
上達には関係ありません。
さて、そういう時間を過ごして
そこそこ上達したかな
(←だいたいが思い込みだけど)
と思うと、ある誘惑がやってきます。
それが
「個性を出したい」です。
つづく。
小さなヒント
(解説は公式LINEにて)
いろいろな流派、やり方があるとき、
どれが一番いいのか、
どうやって判断していますか。

