こんにちは。
レッスンを受けるにあたっての
歪んだ理由について
お話を始めていて
私自身が経験してきたケースは
だいたい7種類ぐらいで
そのすべてを
ご紹介しようと思っていたのですが
それよりも
「私はこのタイプだったんだ」と
気づくことで
そのあとの学びや成長が
軽々と進むケースについて
お話した方がいいかな、
と思い直しました。
また、ここを読んでくださる方に
指導者の方が多いというのも
ありますので、
そういうことを一緒に
考えて行けたらとも思います。
ということで、
ひとつのケースにフォーカスして
お話をします。
指導者に必要なこと
学ぶことに一生懸命で
向上心に溢れている、
そういう方は
とても多いのです。
ご自分では
いえいえ私なんか、と
おっしゃるのですけれど
テクニックもお持ちだし
実績も経験も豊かで
変な言い方をすると
なんで私のところへレッスンに?
と思うほどの方も
多くいらっしゃいます。
実は「学ぶ」「レッスンを受ける」ということは
単に知識や技術を得ることだけでなく
自分と他人の関係性や、
自分がどうあるべきか、
どう存在したいかの
無意識の部分があらわになるのです。
そのために
レッスンをする側、指導者が
それをわかっていないと
レスナーを潰すことにもなり、
ひいては
指導することに疲弊を感じることにも
つながるのだろうと思います。
ブレイクスルー呼吸®の
Advancedコースをお受けくださる方で
指導のお仕事をなさっている場合は
ここも含めてお話するようにしているのは
このためでもあります。
自分を否定するレッスン
いくつかのタイプの中で
今回お話しようと思うのは
レッスンが自分を否定することに
なっているケースです。
レッスンを受けることによって
自分を否定するどころか
自分を攻撃する状態になることに
ご自分では気づいておられないのです。
この方たちの口癖、思考の癖は
「私はまだ、できていない」
「頑張らないとダメ」
「一生懸命やるのは当然」
まじめで努力家なのです。
今の自分に満足してちゃ
上を目指せないんだ、と
ご自分を叱咤激励なさいます。
それはそうかもしれません。
いえ、きっとそうなんです。
でもそれだけのはずがありません。
おそらく小さいころから
「もっとがんばりなさい」
「なんでできないの」と
言われてきたのでしょうし、
できたときは褒められるけど
できないときは怒られて
悲しく悔しい思いもしたのでしょう。
楽しい、うれしい、喜ぶためのものではなくて
正しくやる、言われたとおりにやる、
いい成績を取るためにやる、の
道具だったのかもしれません。
うまくいった、という実績よりも
うまくいかなかった後悔のほうが
心に刻まれているのかもしれません。
どんな経緯があったにせよ、
その方にとって学ぶことは
「欠点を見つけて修正、完璧にする」
ことになっているのです。
ブレイクスルー呼吸®のレッスンでも
私が何回も「正解はありません」と
説明しても
「これはなんのためにやるんですか」
「どうなったら、成功したことになりますか」
「どこの部分を良くするためのワークですか」
と、すべてに論理を求めようとなさいます。
自分で理解できないものには手を出さない、
理解を超えるものは受け入れられない、
ということなのだろうなと
思っています。
アタマでわかることなんて
本当にわずかで、
身体の可能性の方がはるかに大きいのに
どうしてもそこから抜け出せないのは
学ぶことが
欠けている自分の修復だからで
レッスンは自分の欠けのあら捜し、
自分を苛めることなので、
レッスンがつらいものになって行きます。
そして
「しんどいレッスン」が当たり前というか
それでこそ、上達する、上を目指せると
思いこんでいらっしゃる方も
お見受けするのです。
ここには恥と罪悪感の二重構造、
つまり
「私は人より劣っている」
「それは私の努力が足りないから」
という、自分の存在と行動の両方を
否定する感情があるのです。
つづく。
小さなヒント
(解説は公式LINEにて)
レッスンで先生に褒められたら
うれしいですか。
それとも、不安になりますか。

