こんにちは。
見た目の美しさ、
お話続けます。
美しいがゆえに。。。
このお話の題を
「見た目の美しさは表現の敵?」と
したので、
「見た目が美しいと
そちらがフォーカスされてしまって
本質を見てもらえない」
ということなのかと、
お考えになった方も
いらっしゃるかもしれません。
もちろん、
そういうこともあると思います。
外面が美しいというだけで
過大評価、過小評価、
どちらにしても
等身大の評価をしてもらえない
ということも多くありますよね。
それによって
自分の表現が歪んでいくという
ケースもあるでしょう。
でも、私がお話したかったのは
それだけではなくて
人前でパフォーマンスをする仕事に
携わっているからこそ
「人前での自分」を
どうやって確立するかは
大きな問題だと思っているのでした。
自分が悲しくなってる場合じゃない
何回もお話してきたように
表現はコミュニケーションです。
他者に与え、他者から受け取る、
そして他者と共に創る、
そういう「交換作業」が
欠かせません。
けれど、時々、
自分の「与えるもの」が
コンプレックスや欠落感や自信のなさで
いっぱいになることがあります。
いつもいつも
これ以上のものはない、と
声高らかに差し出すことが
できるわけではないのですから
それでいいのです。
それなのに
「100%には達していない」との
思いとともに、
与える、差し出そうとすると
無意識のうちに
何か他のものを付け足したり
余計なことをプラスしたり
してしまうのです。
たとえば
八百屋さんだとしたら
「このきゅうり、曲がってるから
もう1本おまけするよ」というのと
同じことなのです。
自分の演技、演奏、パフォーマンスだけでは
勝負できない、至らない、という気持ちが
心の底にある、ということです。
喜び、悲しみ、怒り、不安、
いろいろな感情を表現するのに
演奏家なら、
音だけで表現すべきなのに
たとえば悲しい曲を
悲しそうな顔したり
泣きを入れてみたり
身体を震わせたりするのも
本質ではないのに
それに頼って
それが表現だと
思いこんでいる方も
いらっしゃるかもしれませんが
表現者が悲しそうにするのは
表現をはき違えているだけ、
観てくださる、聴いてくださる観客が
その感情を味わえなかったら
意味がないのです。
ご自分が
余計なことをしなくてはならない状況に
なっていないかどうかを
チェックするのも
一つの手だと思っています。
ブレイクスルー呼吸®セラピーは
そのようなことをしなくても
自分の表現を
100%表すことができるための
呼吸レッスンなのです。
小さなヒント
他の人から見ると
ご自分はどんな人だと思われていると
思いますか。

