こんにちは。
あちらこちらから
卒業式の話題が聞こえる時期となりました。
今の卒業式って何が一番盛り上がるのかしら。
生徒が考えたパフォーマンス?
それとも正統派な「出し物」ですかね。
ここのところコロナで思うようにいかなかったとはいえ、
卒業生の合唱、いいですよね。
卒業生も親御さんも先生も
みんなが感動して、うるっとくる。
たとえ音程がどれだけ外れてようが
リズムがどれだけ狂ってようが
これまでのいろいろな思い出と
そのときの感情がよみがえってきて
音楽はむしろ、BGM扱い。
「音楽としての完成度」
「芸術の高み」とは違うけれど
生徒たちの思いが詰まった
とても素敵な作品だから
聴く人の心を震えさせるんですよね。
ただ
プロの表現者が目指すものは
それとは違うのです。
何を伝えるのか、何を伝えたいのか、
そういうことを究極に考え抜き、
表現するところに
「人を感動させよう」という思いは
相容れないのです。邪魔なのです。
なぜそれではダメなのか、
お涙頂戴、
予定調和だからいいんじゃないのと
開き直る人もいます。
けれど、少しでも
「情に訴えたい」「感動させたい」
というような気持ちがあるとき、
身体は自然でいられなくなります。
足が地に根付くことなく、浮き上がり、
腕に力が入って、手を握りしめます。
首の位置がわずかに前に出て
顎が突き出します。
呼吸は吐く息が多くなり
吐くときも吸うときも
胸に力が入ります。
自分を大きく見せよう、とか、
影響力を与えよう、とか、
うまくやってやるぞ、とか、
観客を説き伏せよう、とか、
そういう、自分の大きさを
表現の手段によって
実際よりも強力にしようとすると、
身体は歪み、ねじれて、呼吸が変わり、
いいパフォーマンスができなくなります。
もしかしたら
本人は気持ちいいかもしれませんが
聴いている人は疲れます。
いいパフォーマンスをしたい
思いを伝えたい
思い切り表現をしたい
そういうふうに
思っていらっしゃるのなら、
お客さんに届けることばかり
考えるのをいったんやめてみましょう。
表現は
誰かの元へ飛び立っていかなければ
表現ではなく、単なる思い込み、
そう言う人もたくさんいます。
でも、届くことと
届けようとがんばることは
全く違うものです。
表現をするときの
自分の身体が
どうなっているのか、
どんな呼吸をしているのか、
それを見つめることで
本当のあなたの表現、
真のパフォーマンスになります。
小さなヒント
自分のパフォーマンス、褒められるとしたら
どこを一番、褒めてもらいたいですか。
そしてそれは叶いましたか。

