こんにちは。
今回は「爪痕を残す」ということに
ついて
お話していこうと思います。
他人を引っ搔く
最近、爪痕を残すという言葉を
表現の場で使うケースを
目にするようになりました。
ある若いタレントさんが
「すべてのチャンスに
爪痕を残したいんです」と
おっしゃったので、
ええ?とびっくりしたのですが、
「記憶に残りたい」
「成功したい」
「印象的な存在になりたい」
という意味だと知って、
さらに驚きました。
本来は
ぬぐい去ることのできない
悲惨な傷痕、事件や事故の後も残る
ネガティブなことを
指すものですが、
ある意味
「誰かの心に自分を残したい」
「心に傷がつくほどの感動を与えたい」
という意味では
共通点があるのでしょうか。
欲望を支えるもの
この「感動を与えたい」
「自分の記憶を残したい」という欲望は、
初心者から少し上のレベルに
行ったところぐらいから
突然現れ、
本当に熟練の極みになるまで続く、
厄介な代物です。
この欲望が出てくると
ほんとに困ったもんなんですが
意外とみなさま、
意識してらっしゃらないのです。
そして、
まっさらな初心者と、
素晴らしい熟達した表現者には
この欲望がないからこそ、
感動を呼ぶという
皮肉なことになってます。
最初のころは
とても「素直」で
つたないパフォーマンスで
それでも
なぜか人の心を打つ
感動的なものだったのに
テクニックはついたけど
なんだか最近つまらないよね
ということ、ありませんか。
上手とか下手とか
そういうこととは全く別で、
その欲望にまみれていると
感動は生まれません。
そしてこの欲望は
他人に対しても、
自分に対しても
巧妙に隠されていることが多いので、
一見、素晴らしく見える
感動的なパフォーマンスに
感じたとしても
見る人が見れば、
聴く人が聴けば、
感じられる人が感じれば、
薄っぺらくて
欲望で覆われていると
明白なのです。
本来は「爪痕が残る」ものなのに、
「爪痕を残す」方に
シフトした瞬間、
胡散臭いものになるのは、
自分を押し付けるだけの行為を
あざとく覆い隠すことに
なるからです。
しかし、ここで一番問題なのは、
そういうパフォーマンスを求める、
もしくは評価する、
もしくは必要とする人や組織や場が
あるということなのです。
つづく。
小さなヒント
(解説は公式LINEにて)
「●●、良かったわあ」と
感動している人に
「どこが良かったの?」と
質問したとします。
その答え、どのぐらい信用しますか。

