『緩みと脱力は違う⑨身体でしか、理解できないこと』

こんにちは。

表現の時の

緩みと脱力の違いについて

お話しています。

目次

身体と心の関係は複雑でシンプル

声楽家Aさん、
趣味で合唱をしてらっしゃるBさん

お二人とも、「力を抜いて」「脱力して」

歌っておられました。

いろいろな苦い経験を経て、

力んで歌うことを避けようと

全身を脱力していらしたのですが

本来の表現とは違うのだ、ということを

レッスンを続けるうちに

理解してくださっていきました。

クリエイティヴな表現をするということは

そこになにかが「生まれる」のですが

そのエネルギーは、

意図的な身体の脱力によって、

失われてしまうのです。

身体と心の関係は

とても複雑で、けれど、とてもシンプルです。

身体が心を追い越すときもあれば

心が身体を追い越すこともあります。

どちらかを縛ってしまうと

その力を発揮できなくなります。

脱力するということが

ある意味、反対方向の縛りになってしまっては

元も子もありません。

心が、身体が、

何かを生みたいと思っているのに

それとは無関係に「脱力する」ことを

目指してしまうと、表現から外れてしまいます。

身体が弛緩の方向へ向かうことと

全身の力を抜いてしまうことは違う、ということ、

緩むことは広がり、自由になること、

だからこそ、脱力とは違うのだということ

これらをアタマではなく

身体で理解するのは時間がかかります。

緩むことによって

緩もうとする何かを発見することができます。

緩みの出発点も見えてきます。

おそらくそれが

いろいろな先生のおっしゃる

「中心」「芯」「体幹」「必要なところ」

だと思います。

一番大切なのは

それらは最初からあるものではなく、

また作り上げるものではないということです。

緩めば生まれる、からです。

自分で生み出すのではないのです。

これは実際に身体で味あわないと

わからないことかもしれません。

言葉のイメージという問題

ただ、正直なことを言うと

ひとつ、問題が残ります。

それは言葉のイメージの問題です。

身体を使った表現の場合

特に、目に見えない部分を

教えるとき、教えられるとき、

言葉の力に戸惑ったことはありませんか。

声楽の場合はその最たるものですが

楽器の習得でも、お芝居でも、スポーツでも

「●●する感じ」「△△のように」という

抽象的な、イメージの言葉で伝えると

すごくわかるときと、

全く違う方向に理解するときと

まったく違った結果を生んでしまいます。

それが「●●筋を△△のようにして」

と一見、具体的な指示のようにみえても

実際に●●筋を動かしたところで

望む結果が得られるとは限りません。

ひとりひとりの身体が違うからです。

ですから、なおのこと、

言葉の力は大きいのですが

緩むことと脱力することが

共通認識とたがえることもあります。

その危険性をヘッジするためにも

ブレイクスルー呼吸®セラピーでは

ひとりひとりの呼吸に

慎重にフォーカスしています。

脱力するときの呼吸、

緩むときの呼吸、

どちらがより、その人にとって

表現にふさわしい状態なのか

それを見極めずして、

ここの部分は扱えません。

Aさん、Bさんが

「力を抜こう」としなくても

「必要なところが動き、必要のないところは動かない」

状態に近づいて行ったのは

呼吸の力のおかげなのだと

改めて思っています。

そして、Aさんのように

心が解放されることで身体が解放され、

Bさんのように

身体が解放されることで心が解放される

そのような美しい相互作用を

ブレイクスルー呼吸®セラピーで

味わっていただけたらと思います。

 小さなヒント

専門分野の学びの時に、

外国語だと理解できるけれど

日本語に直すと難しい言葉ってありますか。

もし、むりやりでも日本語に直したら

どんな感覚の違いを身体で感じますか。

ブレイクスルー呼吸®で得られる、7つの幸せ

 

1・心、身体、思考の癖が取れるので、感じていることを、そのまま身体で表現できます。

2・頭で考えるのを手放すので、心身のリラックスが得られます。

3・自分の本当の思いに気づき、人とのコミュニケーションが、うまくいくようになります。

4・身体が整って気持ちよく声が出ます。

5・不安や恐れから抜け出して、自信と安心が自分の中にあることを確信できます。

6・他人からの根拠のない評価、詮索や攻撃に左右されなくなります。

7・新しい環境や人との中でも、自分のままでいられるようになります。

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