こんにちは。
必要ないことをやめる、についてのお話
最後です。
なぜ、こういうお話をしているかについても
説明します。
人生を賭けて表現したいこと
この先、どうなるのだろう、
今と同じような活動が
できるのだろうかとの不安に
悩まされたときや
病気やケガで心が潰えたときに
思い出していただきたいのは
ご自分が表現者である、ということです。
いやいや、
表現者だからこそ
悩むんじゃないの、と
思われるかもしれないのですが
そうではなくて
ご自分の人生をかけて
表現したいことはなんなのか、
ということを
もう一度確認するということなのです。
この先が不安だから
うまくいくように願掛けするとか
セミナーに通うとか
貯蓄するとか
占いに行くとか
そういうことを
するのではなくて
そういうことをする
エネルギーがあるのなら
そんなものに使うのではなくて
もっと表現について深く強く
エネルギーを使いませんか
ということなのです。
有限の人生VS無限の表現世界
なぜなら、
私たちの人生は
残念ながら有限ですが
無限のものと人生を共にしているのが
表現者であるからです。
同じ時間の流れではないのです。
タイムレスな存在なのです。
カイノスとクロノスという言葉を
思い出してみてください。
表現者は
クロノスの時間の中に
生きているのではなく
カイノスの時間の中にあるからこそ
表現者なのです。
有限の人生の中で
無限なことを日々行うことが
表現者なのです。
毎日の小さな積み重ねは
悩みや不安を
こしらえるためではなく
表現のための
気づきを得るためにあるのだと
すべてが表現に向かうものだと
わかっているのに
なにかのアクシデントや
ちょっとした裂け目をきっかけに
ご自分が表現者であることの本質から
外れてしまう危険があるのです。
もちろん、不本意なことが続くと
全てがダメになってしまったような
表現者としてもうやっていけないのではと
奈落の底に落ちたような気がすることは
当然のことだと思っています。
けれど、
表現者としてのエネルギーを
そこで消費してしまっては
もったいないのです。
必要ないことなのだと
早く気づかないと
ならないのです。
そうしないと
すり減ってしまったエネルギーでは
表現者として
再スタートすることが
できなくなってしまうからです。
表現者の幸せとお役目
このことをなぜブログで書いたかというと
そういう状況におありの方が
怪しげな詐欺商法や
根拠のないスピリチュアルや
新興宗教団体などに絡めとられ
さらに身を切る思いをし、
最終的に表現の世界から
離れていかざるを得ない、
そういうケースを
たくさん見てきたからです。
つらい気持ちはよくわかります。
だから、少しでも何かの方法で
心が休まるなら、とも思ったりします。
けれど、必要ないのです。
そんなことをしてはダメ、とは
言えないけれど、
でも、でも、でも、必要ないのです。
どうか、
有限の中にあって無限のことができる
その幸せとお役目を人生かけて
味わい尽くしていってほしいと
そのことに気づいて下さったらと
願っています。
小さなヒント
(解説は公式LINEにて)
なぜ、ご自分が
表現者の仕事をしているか
説明できますか。

