『表現力がないと言われた③』

こんにちは。

表現力について考えるときに

まずは大切な「余白」について

お話をしています。

目次

なにかが動き続けている

言わずもがなですが、

余白ということは、

なにもないということでは

ありません。

余白は、

あるものと、もうひとつのあるもの間に

生じるものですから、

その挟む前後の存在が

どんなものなのかを

確実に明確化していないと、

余白になりません。

台本や楽譜の「休み」は、

なにもしないのではなく、

目に見えない、聞こえないだけで、

必ずなにかが動いていて、

流れがある、

だからこそ、

次のものにつながるのですよね。

その余白、もしくは間は、

表現において、

なくてはならないものなのです。

音楽でしたら、

フレーズ間の間が

音の流れをうみだし、

感情の余韻を香りたたせます。

絵画や彫刻でしたら、

空いている部分、

抜けている部分が

主題を引き立てたり、

視線の逃げ場が

表現のレイヤーとなります。

文学はさらにそれが色濃くなり、

暗示、沈黙や

言葉にしないことで

感情が呼び起こされます。

また明言しないことで、

読者の感情を浮き立たせることも

できるのです。

余白、間は

受け取り手の想像力を喚起し、

言葉や音が残るという体験をさせ、

関係性を育くむのです。

いっせいの・・・

この余白は呼吸から生まれます。

いえ、呼吸からしか、

生まれることは

できないのです。

たとえば、息を合わせる、

みんなで力を合わせて

なにかをするとき、

「せーのっ!」と

掛け声をかけますが、

「っ」がどのくらいの長さかを

秒数で測って

合わせているわけではありません。

「せー」の勢い、

つまり、

どうやって吐いているかを

そこにいる人々が聞き取り、

「のっ」の瞬間で

それに見合うスピードで息を吸い、

そこから導き出される、

しかるべきタイミングで

一斉に息を吐いて作業を行うのです。

この呼吸のタイミングが

ちょっとでもずれたら

雪崩式に崩れて作業はできません。

息を合わせるためには

お互いの受信発信が必要で、

これが実は

表現の一番ベーシックな形、

「私はこうやって吸いますよ、吐きますよ」

なのです。

うまく息が合ったときの快感は、

表現が届いた時の快感と同じです。

お互いが余白を感じることでもあります。

呼吸ができていないのに、

こうやろう、ああやろうと、

ひねくり捏ね回しても、

相手が息を吸おうとしているのに

無理やり吐かせることと一緒、

苦痛でしかないのです。

呼吸の波

この余白は、

差し出す側や受け取る側の

身体や心が緊張していると

感じられません。

余白ではなく、

流れが止まる、固まるのです。

流れがないところに

表現は生まれないのです。

同じことを綿々と続けるのは

表現にならないとお話しましたが

これも流れがないのと同じですね。

呼吸が浅いと

お感じになる方の中には、

呼吸の間、

つまり吐く息と吸う息の間に

緩やかなつながりがない、

というケースが多くあります。

吐く、吸うが

ピストン運動になっていて、

自然な波になっていないのです。

そういう状態で、

表現をしようと思っても、

たとえいくらテクニックがあったとしても、

人には伝わりません。

深呼吸しようが、

その場でぷかぷかしているだけですから、

しんどいだけです。

もう少しこのことについて

お話しようと思います。

つづく

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