ちゃんと、きちんと、と言う人が望んでいること
前回に引き続き
「正しい」「ちゃんとした」
立ち方、座り方について、です。
まず、
「正しい」ことと
「ちゃんとした(もしくは、きちんとした)」ことは
違うということを
確認です。
これ、無意識のうちに
一緒だと考えていらっしゃる方が
意外と多いのです。
なんとなくわかっていても
どう違うのか、
言葉にしてみてください、と
お伺いすると
「えーと」となってしまう。
そういう方に限って
「どうやって立つのが正しいんですか」
「きちんと座れてない気がします」
「うまく行かないのは立ち方が間違ってるんですか」
「ちゃんと座ってないと言われたので
正しい座り方を習いたいです」
って、ごっちゃになってます。
特に勉強中の方は
指導者から投げられた言葉を
はっきり把握しないで(できなくて)
自分なりにかみ砕いてしまうので
余計に混乱します。
というわけで
再確認。
「ちゃんと(きちんと)やって!」
「ちゃんと(きちんと)歌って!」
「ちゃんと(きちんと)動いて!」
「ちゃんと(きちんと)語って!」
「ちゃんと(きちんと)表現して!」
はい、こういうふうに
言われたときの
「ちゃんと」「きちんと」の意味は
【それを発言した人にとって心地よい状態】
という意味です。
単純です。
深い意味なんてないんです。
それを発言した人が
「私にとって気持ちいいことをやりなさい」
と言ってるだけです。それだけです。
なので、
そこにあなたの自由や表現はありません。
そんなのどうでもいい、ってことです。
私が満足することをやりなさい、なので。
ちゃんとしているという言葉には
その人の価値観が反映されているからです。
ちゃんとと言われると私がなくなる
そして
「ちゃんと」「きちんと」と、言われた瞬間
人は、息を短く吸って止めます。
そうするとどうなるか。
身体の自由が利かなくなります。
あなたがあなたでいられなくなるのです。
身体の自由がなくなり
心の自由がなくなり
表現がなくなると
本当の私がなくなります。
表現者として
立ち、座り、動き、語り、歌い、演奏する、
その中に「ちゃんと」「きちんと」は
いらないのです。
小さなヒント
人に言われなくても
自分自身に向かって
「ちゃんとしなくちゃ」と
言い聞かせている方も
時々いらっしゃいます。
そのときの「ちゃんと」は
誰にとっての「ちゃんと」ですか。

