こんにちは。
ライバルを蹴落としたい、と
おっしゃって
レッスンに来て下さった方の
お話をしています。
道徳の時間ではない
誤解がないように
前もってお話すると
「ライバルを蹴落としたいだなんて
とんでもない」
「そう言うことを思っているから
ダメなんだ」
「もっと自分に向き合わないと」
という
至極当然の話をしようと
いうのではありません。
だってそんなの
わかりきっていることですし
子供に対してのお話では
ないので
「そんな考え方してはいけません」
といったところで
なんの解決にもならないからです。
道徳や思想の話ではないのです。
全面的に変える理由
そもそも、
(おそらくですが)
ここを読んでくださっている方は
大人の方だと思っています。
つまり、
表現も大人であるということです。
けれど、ときどき、
なぜか中高生の部活マインドみたいなものを
ご自分の表現人生において
持ち続けていらして
・困難に立ち向かおう!
・がんばってやり抜こう!
・歯を食いしばって努力を続けよう!
・必死に食らいついてなんとかしよう!
根性論に近いような
叱咤激励をご自分に課す方が
いらっしゃるんですが
それはある意味幼いというか
成熟した大人の表現者としての姿勢では
ないことに気づいておられないのです。
その方向でずっと続けていくと
身体のエネルギーが
子供と大人とは全く違うので
行き詰って壊れます。
子供の頑張りの一途さを
大人になっても抱えることで
ご自分を壊してしまうと
いうことです。
この「行き詰まり」は
「息詰まり」にも及ぶので
もれなくこういう方たちは
肩や首がガチガチで
なんでもないところでテンパったり
してしまいます。
だからこそ
大人の方が「ライバルを蹴落としたい」と
思うその背景には
単に「出し抜きたい」だけではなく
いろいろなことが
絡み合っているということに
気づかなくてはなりません。
前回のお話の最後に
「ワークを全面的に変えることと
なりました」
と書いたのですが
なぜ全面的に変える必要があるか、
つまり方向が全く違うことを
これでお判りいただけたかと
思います。
どこへ向かうかわからない
そんなわけで、
その方が、何をライバルとしているのか
本当に他人なのか、そうではなく自分なのか
それとも環境なのか、
そういった一番底のところから
解きほぐしていくことにしました。
まず、
試験、コンクール、オーディションでは
臨み方がそれぞれ全く違う、
むしろ正反対ですよね。
「上手に」できればいいのか
それとも
「才能」を見られているのか
それとも
「欲しい人材」なのか
それとも
「まったく違う目的が隠れている」のか
それがクリアになっていないと
ゴールが違うので
ライバルという概念も変わっていきます。
ライバルと言うことに振り回されず
コンペティター分析だけでなく
それ以外のことを
きちんと把握しておく必要が
あるということなのです。
そこを抜きにして
準備しても意味がありません。
時々、
そんなことは後でいいのよ、
とにかくパフォーマンスを
がんばればなんとかなる、
と思いこんでいる方が
いらっしゃるのですが
目をつぶって
どこに行くのかわからない状態で
走り回っているのと一緒なので
自分の呼吸ができておらず
息があがるだけ、なのです。
その方は
オーディションでのライバルについて
気になっていらしたので
今まで経験した「ライバル」とのシーンや
どんなことをしたか、されたか、
するべきだと思ったか、
などの関わり合い方を
一緒に整理していきました。
そしてその時に
ご自分の呼吸がどう変化しているかを
確認していくことを続けました。
この時点では
蹴落とす、というところには
直接アプローチしないでいます。
ご本人はきっと
蹴落とすためのテクニック、
みたいなものを期待されていたのだと
思うのですが
たとえテクニックがあるとしても
それを使いこなすには
必要なことがありますから、と
お話していました。
つづく。
小さなヒント
(解説は公式LINEにて)
ある場所に行くときに
歩いていくか
自転車で行くか
電車で行くか
自分で運転していくか
公共機関を使うか
何によって決定していますか。
距離ですか。
運賃ですか。
体調ですか。
その他の理由がありますか。

