こんにちは。
「わかる」ということについて
話を続けます。
前回は
「なんだかわからないけど」が
「わかる」ために必要だということを
お話ししました。
わかるけどわからない・わからないけどわかる
実は
ちょっとした言葉のからくりが
隠されていたことに
お気づきの方も多かったかもしれません。
「なんだかわからないけど」と
いう言葉の裏には
「わかる」ことと「わからない」ことが
共存しています。
ブレイクスルー呼吸®セラピーの
ワークを受けて、
そのワークの意味や目的は
「なんだかわからないけれど」
なにかがわかった、気づいた、と
いうことです。
表現を探求していくうえで
大切なことのひとつに
この「わかる」ことと「わからない」ことが
共存している点があります。
すべてがわかる状態よりも
わからない状態がある方がいいの?
と驚かれるかもしれません。
わからないことが感動を生む
わからないとは、
なにかが欠けているのではなく、
わかることのもっと上のレベルです。
言語化できない、
今までの自分の中に存在しなかったこと、
そういうものを
脳は「わからない」と
判断してしまうだけなのです。
そしてわかるものと
わからないものが共存すると、
不思議な幸福感や、ドキドキ感、
ワクワクした感じ、忘れられない、と
いった感覚が生まれます。
人を好きになったり
感動したりするときも
このような感覚ですよね。
すべてがわかることは
「隙間」「空白」がありませんから
心が動く場所が作れません。
忘れられない、という感覚も
起こらないのです。
この感覚は
人間にとって根源的なものです。
表現、コミュニケーションに
欠かせない、大切な感覚です。
わかるものだけを追求しがちな
毎日を送っているなかで、
この感覚を取り戻すのも
ブレイクスルー呼吸®セラピーで
行うことの一つです。
その時々のテーマに沿って
もしくは
その方の抱えていらっしゃる問題に
フォーカスして
必要な身体の部分にアプローチします。
頭が訴えてくること
身体が訴えてくること
「アタマの声」「カラダの声」を
受け止めます。
では、アタマの声、カラダの声って
なんだと思いますか。
つづく

