こんにちは。
ピアニスト、Bさんのお話を
続けます。
テクニックを学ぶ理由
表現のためのテクニックを
学ぼうとする理由、
いくつかパターンがあるのですが、
その代表的なものを
2パターンあげるとすると、
・自分にはできないところがある、
そこを埋めるためになにかを取り入れたい、
という場合と、
・どうしてもこれを表現したい、
そのための道具を獲得したい、
という場合があります。
違いがわかりにくいかもしれませんが、
一番大きな違いは、
自分が完成していない、と考えるか、
完成しているかしてないかではなく、
これをやりたいという方向に向いているか、です。
もちろん、
両方にまたがっている場合もあるのですが、
自分が完成してないと
思いこんでいる方が
多くいらっしゃるように思っています。
「私はまだまだだ、
本当はこんなことが
できるようにならないと
ダメなんだけど、
いまだにできていない。
目標は遠い高い山にあるから、
そこにたどり着けるように
自己研鑽に励まないと」というように。
でも、私もそういうところ満載なんです。
がんばってがんばって、
ようやくあるところまで行くと、
さらに目指すべきところが
高いところにあるのが見えて、
キリがないんです。
ひいひい言いながら、
「死ぬまで勉強だよおおお」と
つぶやくのです。
Bさんの場合、
ここのところが
過剰に呼吸に影響していることが
レッスンの中でわかってきました。
身体を変えれば、アタマが変わる
Bさんは、
一生懸命、練習しなくちゃ、と
いつもそのことがアタマの片隅に
あるようでした。
・こういうところがまだできていない、
・だからダメなんだ、
・どうしたらできるようになるだろう、
・何がいけないんだろう、
・いろんなセミナーに行ってみよう、
・いろんなレッスンを受けてみよう、
・本を買おう、
・YouTubeを探そう、
と、もがいておられ、
でもご自分では
もがいていると思えず、
これこそが勉強なのだと
認識していらっしゃるようでした。
だから、
ピアノの話題が出ると、
後ろから煽られているような、
せき込んでいるような、
焦っているような身体と呼吸に
なってしまっていて、
全然、楽しそうではない、
快感を感じているようには
見えなかったのです。
すごーい偏見ですが、
ピアニストさんって
自分を苛めて楽しんでる人の割合が
多いような。思い込みかな。
Bさんに
ここまでできるんだから、
それはそれ、ってことで
一回、満足してみましょう、と
お話すると
「いやいや、
私なんて全然ダメなんです、
●●もできないし、
△△もうまくないし」と
首と手をブンブン振って、
拒否なさっておられました。
でも、
本当にBさんがなさりたいことは、
自分の欠けと思いこんでいるところを
埋めることではなく、
もっとご自分の表現を
放ちたいことであるはず。
だとしたら、
アタマの考えを変えることは大変なので、
身体から変えてしまえば、
結果は後からついてくる。
そう思い、
解放のためのワークを
続けていくことにしました。
すると
6回目のレッスンが終わったあとに、
Bさんがいきなり
爆弾発言をなさったのでした。
つづく。
小さなヒント
思考のスピード
心のスピード
身体のスピード
どれが一番速いと
思いますか。

