こんにちは。
お話の続きですが、
今回は少し専門的な内容になります。
わかりにくいかもしれませんが、
読み取っていただけると
うれしいです。
私自身、
ここの部分は
本当に苦労しましたし、
他人ならよくわかるのに、
いまだに自分のことになると
時々、混乱します。
難しいです。
たぶん、私、音楽を信じてないのかなー。
うーむ。
ま、これは私の問題です。
死ぬまでの課題。
ってなわけで
わかって下さる方へ向けての
お話です。
言葉と表現
朗読、演劇、声楽のように、
言葉が伴う表現と、
器楽奏者、ダンサー、創作活動など、
言葉が伴わない表現は、
とても大きな違いがあります。
言語を司る脳、
そして、
心、身体の働きが異なるからです。
ここの部分は当たり前過ぎて、
触れない方が多いですし、
そもそもご自分の専門の中で
いろいろなことを考えていくのが
ほとんどなので、
気になさらないケースがほとんどです。
しかし、
ここをきちんと理解しているのと、
そりゃ違うんじゃないの、ぐらいの
捉え方の場合とは
天と地との差があります。
よく器楽奏者が
「私たちは歌みたいに言葉がないんで」と
おっしゃいますけれど、
その本当の意味を踏まえて
表現なさっておられる方と
そうではない方の表現は本当に違いますし
反対に演劇や朗読の方が
どのように言葉と表現を結びつけるか
大雑把な方もいらっしゃるように思います。
音で表現すること、言葉で表現すること
Aさんは、
声楽というご専門の、
ご自分の表現において、
言葉で(歌詞で)表現することよりも、
音で表現することを優先なさってこられた、
(音楽、だから当然なのですが)・
その理由が、
それまでの親御さんや
師事した先生との関係性にあることに
思い及ばれました。
そして、そのことが、
「演奏を楽しむ」と
「簡単に」「言い放つ」学生さんへの怒りになり、
その怒りの根っこに
「苦労しないで演奏を楽しむ」ことへの
嫉妬があることに気づかれたのでした。
このときの呼吸ワークは
腕を自由に広げて行くときに、
他の誰かに意図的に行き先を固定される、
というものでした。
このワークの最中に、
心の中に沸き起こった
気持ちや身体の変化により、
呼吸が変わっていくのを
感じていただいていると、
急に動きを止めて、目を開き
「私、ピアノの方がほんとは好きでした。
だって、言葉がないから。
先生には言えなかったけど。」と
笑っておっしゃったのでした。
そして、
その呼吸を使って
発声していただいたら、
「えー、私ってこんな声してた?え?え?え?」と
さらに笑い転げていらっしゃいました。
傍目からも、
とにかく身体が柔らかくて自然で、
狙ってないのに
声が溢れるのが伝わってきて、
きれいだなあ、とうっとりしました。
その日、お帰りになって
「歌ってみたら、レガートができました」って
ラインを下さったのが、
本当に嬉しかったです。
もう一回ぐらい続けます。
小さなヒント
有形のもの、無形のもの
どちらが表現の上で
大切だと思いますか。

