『感動のパフォーマンス、その闇④』

こんにちは。

感動のパフォーマンス、その闇について

お話最後です。

目次

エモい、その欺瞞

「エモい」という言葉が流行るように

私たちはちょっとした「感動」を

共有することで安心したり、

心を通わせ合っていると

勘違いしがちなのですが

本当の感動は

そんなに浅いものではないのです。

思わず叫びたくなるような

じっとしていられないような

激しい「エモーション」が

起こっても、

それで終わりではなく、

時間が経っても

恣意的に忘れようとしても

けっしてなくならないもの

そして強くて瞬発力のある波が

去ったとしても

ずっとずっと残るものです。

心の奥、

身体の奥で

静かに燃えるような

蠢くような

手には取れないけれど

確かにそこにある

そういうものだと思うのです。

闇の中に光る小さな明かり

静寂の中にかすかに震える琴の音

そういうものだと思うのです。

そのような感動を

人と分かち合いたい、

共有しあいたい、という欲求は

当たり前のことなのですが

人に押し付けようとするのは

自分の表現でわからせようとするのは

センセーショナルな形で

表現しようとするのは

単なるエゴ、欲望だと思っています。

その闇に陥ってしまうのは

なぜなのか

そこには自分の中のコンプレックスや

焦り、不安、疑い、

意味のない自己肯定感、

そして思考の硬直や

それを後押しする他人からの評価など

いろいろな理由があるのだろうとも

思います。

芸術の道具になるために

表現はコミュニケーションだと

いつもお話していますが

なにとコミュニケーションしようと

しているのか、

わからない方がいらっしゃるように

思います。

勉強を始めたばかりの場合は

人前でパフォーマンスする際、

観てくださる、聴いてくださるお客さんとの

コミュニケーションが

精一杯かもしれません。

けれども表現者として生きていくなら

もっといろいろな存在と

コミュニケーションを取れなければ

ならないのです。

作家や作曲家、脚本家は

もちろんですが

自分自身ともコミュニケーションを

取らなければ

表現はうまくできません。

最終的には

芸術とのコミュニケーションを

どうやって取るのか、ですが

そのために

まず、自分自身に向き合う必要が

あります。

そのためにあるのが

ブレイクスルー呼吸®です。

自分がわからなければ

表現はできないのです。

誰かから指示された

教えられたものを

なぞるだけの存在に

なってしまうからです。

それはあなたの表現ではなく

他人の模倣なんです。

模倣を続けていると

自分自身を取り戻したくなります。

自分のアイデンティティが

欲しくなります。

そうすると

自分のパフォーマンスで

誰かを感動させたい

影響を与えたい、と

思うしかなくなるのです。

自分の知っている世界のみの

物差しで

なんとかしようと思うのです。

それが闇なのです。

自分の感動を

他人に押し付けることではなく、

芸術の道具になることを

その極みに達することを

目指すことは

「感動するパフォーマンス」などという

浅薄なものに

身を窶さないでいられることだと

私は思っています。

そのためにも

呼吸に向き合わなくては

深いところへ到達できないことを

みなさんにわかっていただけたらと

思います。

 小さなヒント
(解説は公式LINEにて)

自分自身を誇示するために

表現しているのを

見抜くことができますか。

ブレイクスルー呼吸®で得られる、7つの幸せ

 

1・心、身体、思考の癖が取れるので、感じていることを、そのまま身体で表現できます。

2・頭で考えるのを手放すので、心身のリラックスが得られます。

3・自分の本当の思いに気づき、人とのコミュニケーションが、うまくいくようになります。

4・身体が整って気持ちよく声が出ます。

5・不安や恐れから抜け出して、自信と安心が自分の中にあることを確信できます。

6・他人からの根拠のない評価、詮索や攻撃に左右されなくなります。

7・新しい環境や人との中でも、自分のままでいられるようになります。

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