こんにちは。
口の周りが緊張するほど
口角を上げているのは
なぜだろう、というお話続きです。
子供のころから言われていたこと
自分自身のことを
思い返してみたんですが
子供の時に
「にっこり笑って」って
言われたのは
写真を撮るときと
授業で歌を歌うときだったなあ、と。
遠足などで
集合写真を撮るときは
せーの、チーズ!
とか
1たす1はー、2!
とか、
口を上方向に引いて
にっこりするように
言われてましたよね。
音楽の授業でも
「楽しそうに明るくにっこりして」
歌うように言われてました。
でもね、
これって誰のためにやってるんだろう、
と思いませんでしたか?
遠足は本来楽しいものだから
言われなくても、笑顔になるはず、
でも、それも人によって違いますよね。
笑ってる人もいれば、
あーもう疲れた、早く帰りたい、
と思ってる人もいる。
本当はそれでいいはずなんです。
でも
「記念写真なんだから、みんな楽しそうな顔しないと」
という暗黙の了解があるから
どんな学校でも
どんな学年でも
どんなクラスでも
「笑ってー」になるんです。
そして、
合唱のときの「笑顔で歌いましょう」は
本来は間違った指導だと思っています。
声楽や管楽器をなさっている方は
おわかりですけれども、
口の形が1ミリ違えば、
声もアンブシュアも別物、
響きが全く変わってしまいます。
口角を上げて頬骨も上げれば
口腔内が広くなるから声が響くと
説明なさる方もいらっしゃるけれど
そんな雑なものではありません。
笑顔、という
あまりにもあいまいで
緻密な表現からかけ離れたものに
頼ることはするべきではないのです。
そしてなにより、
ひとりひとりがどんな思いで
その曲に向き合うかが大事
それを指導するのが本質なのに
表面的に「やる気を見せる」ために
「見栄えを良くする」ために
口角を上げさせることの罪は深いです。
前向き以外は却下?
オーディションやコンクールで
意味もなく口角上げた状態で
舞台袖から出てくる人たちを見るたびに
自分の本当の気持ちを外に出せないことに
気づいていないのではないかと思って
胸が苦しくなります。
その「外に出せない」ことが
実は口の周りの緊張につながっているからです。
そんなことしなければ
口の周りも緊張せず、
身体のほかの部分も緩んで
自分本来のパフォーマンスができるのに。
先生に言われたのか、
それとも
自分で「表情だけは明るくしよう」と
思っているのか、
どちらにしても、
その人の本来の表現とは違いますし、
そんな小手先の技で
オーディションを通過しようなんて
甘すぎます。作品に対して失礼です。
「明るく」「生き生きと」しているさまを
他人に見せる、見せなくてはいけない、
そうでないものは却下、受け入れられない、
そんな風潮が当たり前に
なっているのかもしれません。
「表現」が固定化されていること、
とても残念なことだと思います。
【口角を上げる 口角が上がる】
口角を上げる、のと
口角が上がる、のは
まったく別の、むしろ正反対のことです。
意図的に口角を上げ続けていると、
本当の意味での口角が上がることは
なくなっていきます。
身体の中から、心の中から
なにかが湧いてくる、
それが口角を押し上げるならいいのです。
でも、そんな気持ちではないときに
無理やり自分をあおって、口角を上げて
元気に前向きにすること、
それって誰のためですか。
「明るく、生き生きとした、好感度の高い私」を
誰に見せたいのか、
一度立ち止まって考えてみませんか。
つづく。
小さなヒント
本番の後
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