こんにちは。
つまらない、おもしろくないと
評されることについて
また、それが
師事している先生や
オーディションなどの講評で
言われたときに
どうやって考えたらいいか
私の考えをお話しています。
ちょいと毒舌気味かもしれませんが
本当のことを言った方がいいので
正直にお話しますね。
偉大なる作品とポンコツの私
前回は
「おもしろくない、
つまらない、とだけ言う人など
ほっぽっておけばよろしい」
と、ばっさり言いましたが
さらにばっさり言うと
そんなことをおっしゃる先生から
いったい何を学ぶのか
そこから考えたらどうでしょう、
やめたらどうですか、
と思っています。
・・・って言ったら
本当に終わっちゃうんですけれどね。
ええ。
それじゃ困るだろうと思うので
またまた100歩譲って
考えていきたいと思います。
よく、つまらない、おもしろくない例として
「楽譜の音を並べただけの演奏」
「台本通りに台詞を言うだけの演技」
などと言われることがあるんですが
楽譜の通りに演奏することが
できないから
台本通りに台詞を言うことが
できないから
振付の通りに踊ることが
できないから
つまり、
勝手に自分で好きなように
アレンジしてるから
つまらないんです。
作家、作曲家は
そんなふうに、
そんなつまらないレベルの
作品を書いてないんです。
たとえば、
こんなこと言ったらなんですが
シェイクスピアと自分と
どっちが素晴らしい才能だと思いますか。
ショパンと自分と
どっちが素晴らしい才能だと
思いますか。
どう考えても
シェイクスピアやショパンの方が
偉大なんだと思うんですよね。
(いや、私の方です、という方が
いらしたら、
ここから先は読まないでよろしいです)
偉大なる作品を
ポンコツが表現するから
自分勝手に曲げてるから
つまらなくなる、のなら、
つまらなくならなくするには
その作品を
作品たらしめている本質を
自分のものにするまで
楽譜の通りに台本の通りに
できるようになるまで
勉強すればいいんです。
○○さんの表現は
すごく魅力的だけど
私のはつまらないと言われた、
○○さんと私とは
どこがどう違うんでしょうか
どうやったら
彼のようにできるでしょうか、
と聞かれることが
あるんですが
お答えを簡単にすると
「勉強が足りないです」なんですが
そこを
「じゃあ何を勉強したらいいんだろう」
「見当もつかないなあ」となるのなら
プロの表現者としてやっていくのは
難しいかもしれません。
なぜなら、
自分に何が足りなくて
自分に何が過剰で
自分の問題がなんなのか。
勉強はそれを見極めるもので
表現者にとって
一番大切で
一番楽しくて
一番やりたいことのはずだからです。
やみくもに身体を動かすこと
機械のように思想なく動くことが
練習ではないんです。
いつもそこを考えて
作品と向き合うことが
つらくて楽しくて尊い、やめられない、
それが表現するということなのです。
・・・ということを
教えて下さるのが先生なので
そこを教えて下さらないで
「あなたの、つまんないわね」などと
おっしゃる先生に師事していても
意味がないのです。
表現は自分と向き合うこと
よく、審査員に印象付けよう
アピールをしようとして
身体の動きを大きくしたり
表情を大げさにしたり
派手な方向に動く方が
いらっしゃるのですが
中身がないのに
膨らませても空洞になるのと同じで
本人的には達成感ありますが
文字通り、
「面白く(funnyに)」というか
痛々しくなってしまうのです。
だからこそ、
自分と向き合うこと
自分を見つめること
自分と会話すること
これらが、
表現の世界で生きていくうえで
必要なことなのです。
つまらない、おもしろくない、と言われて
表面的なところを変えなくては
と思っていらっしゃる方がいらしたら
どうかそちらではなく
内なる自分に逢うことを
なさってみてください。
それが「自分ファースト」と
いうことなんです。
自分を一番にするというのは
けっして傲慢なことではなく
まず、自分が確立しないと
表現なんてできないのです。
他人の真似事をしても意味がないのです。
ブレイクスルー呼吸®は
そのためのメソッドです。
小さなヒント
(解説は公式LINEにて)
憧れる俳優や歌手、
パフォーマーはいますか。
どこに憧れているのですか。

