こんにちは。
今まで
「魂を込めた●●なんていらない」
とお話してきたのですが
もし、誤解があると困るので。
今日はちょっと長いです。
GWだからいいか。
「私」がなくなるのが表現者
この「魂込めて●●する」こと
これこそが
ご自分を表現することだと
こうすることで
「私が解放される」ことだと
表現とはそういうものだ、と
信じて今までやってこられた方も
いらっしゃるのではないかと
思っています。
その方からしたら、
「なんでそれがいけないのよ」と
お思いになるでしょう。
どんな表現をするか、
どんな表現が心地よいかは
人それぞれですから、
否定するというのではありません。
しかし、ここでは
あくまでもプロの表現者の表現、
についてお話しています。
ご自分が気持ちいいことが一番、
というのではなく
芸術とはなにか、を考えたときに
そこに「私」の存在はなくなるということを
わかっている、もしくは目指している方に
向けてのことだと
理解していただけたらいいなあと
思うのです。
音を出したい、のではなく、出てしまう
ブレイクスルー呼吸®のメソッドは
アタマで考えた
「こういう音や動きをするべき」
「こうすると他人が喜ぶ、褒める、認める」
というようなことから離れて
身体や心が出したい音や
動きたい動きにフォーカスします。
方法を習うのではなく、
音が出てしまう、自ら動いてしまうのを見届ける
ということなのです。
そこには
「●●してやろう」という思惑よりも
突き動かされる方が強いのです。
これがプロの表現者と
楽しみでパフォーマンスすることの
違いなんだろうと思います。
お習い事との違い
作品によって、
さまざまな感情が喚起されるのは
当たり前ですし、
それを表わそうとするのは
言葉でも動きでも書くことでも、
なんかしらの方法、手段がありますから
誰でもやることができます。
けれど、
言葉で言いたいけどうまく言えない、
どうやったらいいのか、
演じたいけど演じられない、
演奏したいけど、演奏できない、
その解決法をを習うのが「お習い事」です。
うまく弾けない、動けない子供に
「ここはどんな気持ちになる?」
「ここを誰かに伝えたいとしたら、
どんな言い方になるかな」と
指導者の方が教えているのは、
そのためですよね。
私が行っているアマチュアの方向けの
ワークショップでも、
アプローチは違いますが
このような内容のものをやることは多いです。
大人であっても、
自分の感情が外に向けない方は
本当に多いので
ブレイクスルー呼吸®のベーシックなコースは
ここに根差しています。
ただし、
これは感情のアウトプットであって
作品に対する表現ではありません。
表現者は感情のアウトプットを
するのではありません。
自分の感情を「作品に乗せる」のは、
最終的に「自分」を表わすことであって、
作品の表現ではありません。
私がそこに浮かび上がる
表現者の仕事は
自分を見せびらかすことでも、
押し付けることでも、
説き伏せることでもありません。
そういうことをやっていると、
本質からは
どんどんとずれていきます。
作品への理解も
リスペクトもなにもなく、
ただの自己顕示になるからです。
だからこそ、
その作品のことを隅々まで、
深く掘り下げる作業が必要なのです。
そこに自分顕示は全く不要なのですが
その掘り下げた人の全てが
浮き彫りになる、見えてくる、
他の誰でもない、
私がそこに浮かびあがる、
それが偉大なる作品たる所以です。
力のある作品であればあるほど、
私の裸が晒されたような思いに
させられるのです。
自分の力ではなし得ない、
そういうすさまじいパワーが
宿っているから、芸術なのだと
心が震えるような感覚がくるのです。
そこに
「魂を込める」だなんて
いらないのです。
入り込む隙なんてないのです。
つづく。
小さなヒント
(解説は公式LINEにて)
パフォーマンスの中に
なにかを説き伏せるような説得力があると
感じるのはどんな時ですか。

