こんにちは。
表現について、
魂を込めた●●、の点から
お話してきましたが
今回で最後です。
ちょいとクドくなっておりますので
冷まし冷まし(なにを?)
お読みくださいませ。
沼にハマる
魂を込める、という入り口から、
表現についてお話してきましたが、
この「自分の気持ちを表す」ことは
プロとしての表現ではないというところから、
なかなか離れられないというか、
理解したくない、
違うんじゃないかと
お思いになる方の背景には、
「もっと感情を揺さぶるものが欲しい」
「感動したい」「感動させたい」という
思惑があるように思っています。
でもそれは、ある意味、
人間として当然なのだと思うのです。
自分のパフォーマンスに
賛同を得たい、
受け入れてもらいたい、
また見たい(聴きたい)と言われたい、
応援してもらいたい、
それらのことが
次へのパフォーマンスの源泉になるのは、
誰しもが経験していることです。
芸術とかじゃなくていいんだ、
とにかく私はこれがやりたい、
それをわかってくれたらいいんだ、
わかち合えたらいいんだ、
との考えをお持ちの方も
いらっしゃるでしょう。
好きでやってるんだ、
この芝居がこの曲が
どうしてもやりたいんだ、
それだけなのに、
それ以上のことはいらないんだ、
そう思う方もいらっしゃるはずです。
だから、それでいいんです。
それがいけないとか、
間違ってるとか、
わかってないとか、
そんなこと言うつもりもないし、
言う権利も必要もありません。
ただ、そこを超えたところに、
作品から差し出される
偉大なるギフトがあるということ、
それは楽しいとか気持ちいいとかの感情を
はるかに越えた、
もっと言えば
人類の考えや思惑を超えたような
amazingなものがあると
知ってしまうと、
そこを目指して生きていきたくなるのです。
それなしに生きていけないと思うのです。
そういう「沼」にハマり続けることが
表現者として生きていくことなのです。
自分の邪魔を見つけて解放する
この「沼」は
誰かに方法を教わるというものではなくて、
自分がたどり着くものです。
テクニックではないので、
上手、下手もありません。
よく誤解されるのは、
私はこういう仕事をしているので、
私のことを
表現力も集中力もずば抜けてて、
だからこそ、
その技術や、やり方を教えているのだと
思われるんですが、
そんなことはあり得ません。
こうやると集中力がアップしますよ、
みたいなコツを教えているのなら、
エキスパートとなるでしょうが、
そういう表面的なことは
どうでもいいと思ってます。
っていうか、そんなことだけじゃ
やっていけないのが
わかりきっているから
やっても無駄だと思ってるんですね。
レッスンに来て下さった方が
作品の真髄に向かいたいのに、
頭や心や身体のなんらかの都合で
そこに行けないことがないように、
その邪魔を見つけて解放するお手伝いをする、
その発見と解放のために、
ブレイクスルー呼吸®があるのです。
例えば、どうやってもこの音が出ない、
いろいろやってみても
フレーズがうまく行かない、
ありとあらゆることをトライしたけど、
自然な動きにならない、
など、一見、テクニックの習得や練習を
重ねればできると思われているけれど、
どうしてもそこを突破できないことが、
実はその方の考え方だったり、
身体のアンバランスだったり、
心の癖だったりに原因があることを
知って欲しいからでもあります。
練習すればできる、なんて
自分を買いかぶりすぎです。
どうやってもできないことがある、
でもできるようになりたい、
だったらどうするか、です。
自分の殻の向こう側
私たちは人間です。
呼吸をしている、
いつも揺れ動いている存在です。
頭で考え、心で感じ、身体で表すのですから、
テクニックだけで高みになんて行けないんです。
魂を込めるという言葉の裏には、
傲慢さを感じるといったら、
言い過ぎかもしれませんが
そんなことで作品が香り立つわけ
ないんだと思うんです。
あなたの魂を込めたところで
何が起きるのか、と最初にお話したのは、
そういう気持ちからです。
けれどだからこそ
真摯に作品と向き合い、
自分と向き合ったときに生まれる
光のような美しさは、
表現者だから味わえることなんだろうと思います。
世界で数人しかいない、
超一流といわれるパフォーマーしか
味わえない世界があるとしても
私は私なりの表現を極めて行こう、
光を求めていこう、
そうお思いになる方は、
どうぞブレイクスルー呼吸®で
ご自分の殻のもう一つ向こう側にある
真髄に触れていただけたらと
願っています。
小さなヒント
(解説は公式LINEにて)
なんか今日は調子悪いな、と
思ったとき
どんなことをするか
決めていますか。

