集中力と表現力を100%引き出す
解剖学、心理学に基づく 呼吸レッスンです
呼吸が あなたの人生を変えます
ブレイクスルー呼吸®
ちょいと長くなってしまいましたが
このテーマは今回で終わりにしようかなと。
言葉よりも、実際に自分の身体で
体験すること、味わうことが
一番の理解につながるのですが
それでも
身体を動かすのはアタマから、と
思いこんでいる
(意識的にも、無意識的にも)
ケースがとても多いのだろうと思います。
私自身も
なんだかよくわからない、ままで
なにかを行うのは苦手なタイプなので
本当はもっと
身体優先の人生を送りたいなと思いつつ
そこと戦ってきているので
ここを読んでくださる方に
少しでも糸口を、光の見える道を、
と思って書いています。
私の、私だけの、私にしかない表現
呼吸を名詞ではなく
動詞のように考えてしまっている、
というお話をいたしました。
また、それと同時に作品よりも
「自分」を先にしている、
「自分」が主導権を握っているので
呼吸のお話をしても
多くの方は呼吸を
私の息、私が吸った息、私が使う息として
捉えてしまうので
自分から離れられず
作品はその次となってしまうのです。
けれど、呼吸を名詞として深く見るなら、
呼吸とは、
私が世界とつながっている状態とも
言えるのです。
吸うということは、
外の空気が身体の中に入ることですし
吐くということは、
身体の中のものが外へ出ることです。
つまり呼吸は、
内側と外側の境目を作っているのです。
表現も
自分の内側を外に出すだけではなく
外にある作品、言葉、音、空間、他者、聴衆を受け取り、
自分の身体を通って、音や動きとして
現れるのです。
呼吸と表現が
深くつながっている、
切り離すことができないのは
ここに理由があります。
単に
「深呼吸するとリラックスして
表現しやすくなる」などということでは
ないのです。
呼吸を操作するのではなくて
呼吸を整えるのではなくて
呼吸している私、を取り戻すことで
私の、私だけの、私にしかない
表現がそこに存在することになるのです。
自転車の練習のように
最後に、
わかり切っていることではあろうかと
思うのですけれど
ときどき、質問をいただくことがあって
やっぱり誤解があるんだろうなと
思いますので、お話します。
もっと表現ができるようになりたい、
ということは
その表現を支えるテクニック
つまり、そこへ到達する
技術的な力量手段は
どんなことがあっても必須なのですが
それは
単にトレーニングを延々とすれば
良いものではありませんし、
かといって
イメージだけ膨らませていれば
いいわけではないですよね。
呼吸している私と
表現している私の
その両輪をどのようにバランスを取って
進んでいくかの「勘」は
残念ながら
誰かから教えてもらうわけにはいかず、
そして
誰も教えることはできず、
自分でどうやったら左右にぶれずに
前に進むかを実際に進んでみないと
わからないのです。
子供が自転車の補助輪を取って練習をするのに
実際に漕いで前に進まなければ
倒れてしまうのと同じで
誰かに
自転車の後ろをずっと持っていられても、
漕がないでサドルに腰かけているだけでは
自転車に乗れるようには
なりません。
ブレイクスルー呼吸®のワークが
こうするとこうなります、の
ハウトウ形式でないのでは
表現者の方が自分の脚で
自転車を漕げるように
するためなのです。
呼吸のワークだけやっていたら
なんでもできるようになるわけでは
ありません。
「私」のレベルが上がると
さらなるテクニックを
磨こうと思える私になり、
今までできなかったことが
できるようになるからこそ、
私自身がさらに研ぎ澄まされていく、
そういう循環ですから
なにかのやり方を身に着ければ
魔法のように短時間で簡単に
できるようになることなんて
絶対にないのです。
そして、
そんなインスタントで乱暴なことを
目指して
今まで頑張ってきたわけではない、
そんなレベルのことに
人生を賭けてきたわけではない、
そういうことを
もう一度捉え直していただけたらと
思うのです。
私は、私である。
私が、ここにいる。
そういうことを
芸術を通して味わう人生でありたいと
私は思っています。
言いたいことを言ってしまった、
言いすぎてしまった、
言わなければよかった、
そういう後悔をしたことがありますか。
それはなぜそう思ったのですか。
相手の反応を見たからですか。


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