集中力と表現力を100%引き出す
解剖学、心理学に基づく 呼吸レッスンです
呼吸が あなたの人生を変えます
ブレイクスルー呼吸®
望んだ道とは違う道へ進むことになった時、
ただただ「前向き」に
「気持ち切り替えて」がんばればいいというのは
もったいないのでは、とのお話をしています。
ひとつのデータとして戦略的に使う
進む道、だけに限りませんが
自分が望むもの以外のものを
受け取ることになった場合、
なんらかの理由をつけて受け入れる、
自分を納得させることが
「大人」であり、現実的なやり方だと
考えるのが普通でしょう。
でも、表現者の場合
「絶対に譲れない」範囲が
他の職業よりも深いのです。
だからこそ、
その「失敗」は、
次の成功につなげるための
ひとつのデータとして
戦略的に使う必要があります。
たとえば入試やオーディションでは
①技術(再現性)
②解釈(方向性)
③企画との適合(配役・校風など)
④審査員の嗜好
などでジャッジされるのですが
少なくとも
③と④は変動する要素です。
とりわけ、最後の④は
こう言ってはなんですが
もう博打みたいなもんで
どう出るか、その場にならないとわからない。
それもちゃんとした審査員ばかりとは
限らなくて
その審査員の虫の居所が悪かったら
それだけで評価が変わったりもする。
同じ審査員でも、
その時によって真逆の評価になったりする。
ま、ほんとに
やってらんない世界でもあるわけです。
そして、一番は
表現は単一の正解を持たない、ということ。
正解はあるだろうけれど
ひとつではないのです。
だとしたら、
どうやってそこを潜り抜けるかを
練らないとなりません。
自分の表現がダメなのだ、ではなくて
どの文脈で、どの確率で
受け入れられるかの場を
いじる必要があるのです。
表現そのものを変えるのではなく
本質を維持したまま受容性を上げるために
なにをすべきか、の方に力を傾けます。
実力がなかったんだ、ではない
なんだか言葉が難しくなりましたが
簡単に言えば
「実力がなかったんだ」と
片付けるのではないのだ、
なにをすれば
食い込めるのか、の分析をしないで
第二志望で満足です、と言ってる場合では
ないのよ、なのです。
そもそも、
話がややこしくなる原因の一つに
表現者にとって
自分の表現は、自分のアイデンティティだ
ということがあります。
たとえば
普通の学校の勉強でしたら
だいたい、偏差値がいくつくらい、
点数がどのぐらいだから
どこの学校を受けよう、であって、
もし、それがうまくいかなかったとしても
「今年は合格のラインが高かった」
という理由がまかり通りますし
だからと言って、
自分を否定されたことにはならず
一生懸命勉強したけど
届かなかった、残念、です。
でも、表現の場合は
自分の表現が、「勝手に」点数化されて
足の先から頭のてっぺんまで
見透かされて「私が評価された」ように
感じられるのです。
なぜなら、
自己と表現は同一なので
そのどちらかが受け入れられなかったら
もれなく両方とも受け入れられないことに
なるのです。
もちろん、それは違います。
けれど、そのような世界だからこそ
私たちが第一志望をつかめなかったときに
なにをするか、は
とても重要なことなのです。
つづく。
自分に点数をつけるとき、
甘くつける方ですか。
それとも辛口ですか。


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