『もっと表現できるようになりたいの②』

集中力と表現力を100%引き出す
解剖学、心理学に基づく 呼吸レッスンです

呼吸が あなたの人生を変えます
ブレイクスルー呼吸®

表現力を高めたい、
もっと表現できるようになりたい、
ということについて
お話しています。

今回は
「表現したい」と思う気持ちを
捉え直していこうと思います。

目次

表現は自己顕示欲ではない

レッスンを受けたいですと
来てくださる方の中で
「もっと表現できるようになりたい」
とおっしゃる方に

「表現とはあなたにとって
どういうものですか」
とお伺いすると

ときどき、
「私の中に生まれてきたものを
外に向かって届けたい、開放したい」
というお答えがあるのですが

単純に
「私の中にあるものを外に出すこと」
が表現ではないことに
気づいておられないのではないかと
思うのです。

そうではなくて
「作品に触れた自分の身体と感受性を通して、
作品がもう一度立ち上がること」が表現ですから

その作品が立ち上がらないのでしたら、
表現ではなくて、
単に「押し付け」「自己満足」でしかありません。

表現者が作品を道具にして、
自分の感情や個性や存在感を見せるのであれば
作品への応答ではなく、
自己提示になってしまいます。

もちろん、自己提示が
すべて悪いわけではありません。

舞台に立つ以上、
そこには必ず「私」がいます。
声も身体も呼吸も、その人のものです。

でも、問題は順番です。
私を出すために作品を使うのか。
作品に深く入った結果、私という人間の感受性がにじむのか。
この二つは、まったく違います。

作品を利用して
自己顕示欲を満たすことは
Artではないと、私は思っています。

主張ではなく応答

ただし、
ここで逆方向に行きすぎると、
今度は

「自分を出してはいけない」
「作者、作家、作曲者の意図だけを
正しく再現しなければならない」
という考えになります。

でも、これも違いますよね。
私たちは再生装置ではないからです。

作者、作家や作曲者の思いを
完全にそのまま再現することは、
そもそも不可能です。
時代も場所も聴衆も楽器も声も違います。

表現者は、作品に従うだけの存在ではなく、
作品に出会う存在です。
だから、表現には必ずその人が出ます。

ただしそれは、
「私を見てください」と前に出る私ではなく、
この作品に
どこまで深く耳を澄ませたかが現れる私です。

この違いは、とても大きいです。

「私はこうしたい」
「私はこう感じる」
「私はこう見られたい」
「私らしさを出したい」

この方向に行くと、
どうしても自己顕示欲と近くなります。

でも、表現を主張ではなくて
「応答」と考えると、少し変わります。

作品が私に何を求めているのか、なのです。
それに対して、表現者が身体で答える。
その答え方に、その人が出るのです。

その応答が個性に、表現に
なるのだと
私は思っているのです。

小さなヒント(解説は公式ラインにて)

「台本を読み込む」
「楽譜を読み込む」
読み込むってなんですか。

ブレイクスルー呼吸®で得られる、7つの幸せ

 

1・心、身体、思考の癖が取れるので、感じていることを、そのまま身体で表現できます。

2・頭で考えるのを手放すので、心身のリラックスが得られます。

3・自分の本当の思いに気づき、人とのコミュニケーションが、うまくいくようになります。

4・身体が整って気持ちよく声が出ます。

5・不安や恐れから抜け出して、自信と安心が自分の中にあることを確信できます。

6・他人からの根拠のない評価、詮索や攻撃に左右されなくなります。

7・新しい環境や人との中でも、自分のままでいられるようになります。

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