集中力と表現力を100%引き出す
解剖学、心理学に基づく 呼吸レッスンです
呼吸が あなたの人生を変えます
ブレイクスルー呼吸®
表現は応答なので
単に自分の感情を外に表すのではなく
作品を自分の中に通すことなのだという
ところまでお話してきました。
表現者とそうでない人の違い
表現が応答???
いや、私はそういうことを
望んでるんじゃないんです、
とにかく自分の感情を発散したいの、
と思う方もいらっしゃるかもしれません。
いろんな人に
自分を見てもらいたい、
認めてもらいたい、
褒めてもらいたい、
いや、もうこの際、
褒めてもらわなくてもいいから
思っていることを
ぶちまけたいの、
こういうふうに弾きたい、
こういうふうに演じたい、
それさえできればいいの、
そういう思いの方も
あるのだろうと思います。
それがダメだなんて
思いません。
思いも望みも人それぞれなのだし、
他人がとやかく言う必要も権利も
ないんです。
けれど、
それは表現じゃないです。
自分の感情や考えを外にぶちまけることが
表現ではないんです。
そうやって
自分を外に出すだけだから
外からの評価が気になるんです。
私を見て、ではない。
私がどう見えるか、ではない。
この作品の本当の姿を、
私の身体を通して聴かせることができるか、
見せることができるか、
であるからです。
「私」がいなくなるわけではありません。
作品を押しのけて立つ「私」ではなく、
作品に耳を澄まし、
作品を受け取り、
作品に身体を貸した「私」です。
ここがね、
表現者とそうではない人の大きな、
そして深い隔たりなんだと思っているのです。
自分のエゴで邪魔しない
私の中を通す、ということを
違う言葉で
考えてみたいと思います。
たとえば
演奏をするということは
単に音を出すわけではないですよね。
作品の中にあるものを、
演奏者の身体を使って
音として聴こえる状態にするわけです。
平たく言うと
悲しみの要素を含むフレーズを
「悲しそうに見せよう、聴かせよう」と
するわけではなく、
ここに悲しさを感じるからと、
その悲しさを自己演出するわけでもなく、
自分の感情を乗せるわけでもなく、
作品の中にある悲しみが、
聴こえる形になるようにするために
私は何をすればいいのか、を
突き詰めることです。
私を出す、のではなくて
作品が作品として立ち上る状態を
作ることが表現です。
それは作るというよりも
邪魔をしない、に近いかもしれません。
作品の中にすでにある動き、
和声、言葉、リズム、
沈黙、緊張、解決、問いかけ。
それらを、演奏者の
「見せたい」
「感動させたい」
「うまくやりたい」
「自分らしくしたい」で邪魔しない。
つまり、演奏者が自分のエゴを付け加えず、
作品の中で起きていることを、
余計な力でブロックしない
ということなんだろうと思うのです。
つづく。


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